ハーフナー・マイク ヘルシンキからデンハーグに移籍!

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オランダ復帰、お父さんの古巣ですね!
これからの活躍に期待。

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ハーフナー・マイクってどんな選手?

ハーフナー・マイク選手は広島県出身のサッカー選手ですね。

ポジションはフォワードで、一時期日本代表にも選出されていたので記憶がある方も多いかと思います。

日本国籍を取得していますが、ハーフではなく父親も母親もオランダ人だったはずです。

後に一家で日本国籍を取得した際に、マイク選手も日本国籍を取得しました。

コンサドーレ札幌のジュニアユース出身ですが、父の移籍に伴い横浜F・マリノスユースに移籍しています。

2006年マリノスにてトップチーム昇格、この年のU-18日本代表ではエースストライカーとして9番を背負っています。

2008年にはアビスパ福岡に期限付き移籍、2009年にはマリノスに復帰するも出番が得られずその年の5月にはサガン鳥栖へレンタルで移籍します。

このように苦労人ではありましたが、着実に結果を出し2010年にヴァンフォーレ甲府に完全移籍します。

甲府では20得点を挙げ、J2得点王を獲得しチームのJ1昇格に大きく貢献します。

2011年も甲府に残留し、日本人トップとなる17得点を挙げリーグベストイレブンに選出されました。

この活躍により日本代表にもデビューしましたね。

2011年の12月にオランダのフィテッセに完全移籍。

2シーズン続けて2ケタ得点を挙げるなどの活躍を見せます。

2014年にスペインのコルドバに完全移籍するも監督が交代した後は構想外となり契約解消となります。

2015年の3月にフィンランドのヘルシンキへ移籍、そして先日オランダのデン・ハーグに移籍が発表されました。

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父は日本でも活躍したハーフナー・ディド

お父さんはハーフナー・ディドさんで日本のクラブで活躍したゴールキーパーですね。

特にJリーグが始まってからは名古屋グランパスに所属していましたし、ストイコビッチさんとチームメイトだったりとその印象が強いと思います。

日本代表のゴールキーパーコーチも行っていたので、ドーハの悲劇の際のベンチでゴールキーパーグローブを付けたまま立ちすくむディドさんも記憶にある方がいるのではないでしょうか?

この時すでに国籍申請中であったため、ドーハの悲劇がなくアメリカワールドカップに出場していれば日本代表のゴールキーパーはディドさんだったかもしれません。

当時の日本代表正ゴールキーパーの松永成立さんも好きなキーパーだっただけに複雑な心境ではありますが…。

親子でJリーグに所属した選手は2例目となり、日本人では初とのことです。

2例目ってことは他に誰がいたっけなと思い調べてみましたが、なんと日本代表の監督も務めたジーコさん親子なんですね!

ジーコさんは言わずと知れた鹿島アントラーズのレジェンドでありますが、息子のジュニオールさんは2003年にサガン鳥栖に所属していたんですね。

低調なパフォーマンスに終わり2試合の出場に留まったとありますので、全く記憶にありませんでした…。

お父さんのディドさんのキーパー練習に付き合わされてフォワードになった、なんて話もありますね。

フォワード役が長男のマイクさん、ディフェンダー役に次男のニッキさんで練習していたそうです。

その通り、マイクさんはフォワードになりニッキさんは名古屋でセンターバックをやっていますね。

まとめ

今回の移籍により、またパフォーマンスが上がってくると良いですね。

個人的にはお父さんのディドさんを応援していた時期がありますので、マイクさんにも頑張って欲しいと思っています。

また、日本代表は長年決定力不足と言われていますので良いフォワードが出てくることが望まれています。

公式プロフィールでは身長194cmというマイク選手は日本はもちろん、世界に出ても大型フォワードですので素材としてはかなり期待しています。

28歳と決して若い選手とは言えないですが、高さだけでなく足元でも勝負出来るようになればこの先何年も日本の1トップとしてやっていけるのではないでしょうか?

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