次男の扱い よしの徒然なるままに 「改訂版徒然日記」

次男の扱いで育った管理人よしが、次男目線で日々の出来事から気になることを書いていく日記です。

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若の里を支えた嫁!結婚はいつだった?子供は?引退会見での涙!

   

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39歳まで現役を続けたことが凄いですよね。

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若の里ってどんな人?

若の里さんは青森県出身の大相撲力士です。

1976年7月10日生まれの、現在39歳です。

本名は古川忍(こがわしのぶ)さんというようです。

 

怪力と言われ、大関の有力候補だったのですが度重なる大怪我のため大関昇進は果たすことが出来ませんでした。

最高位は東関脇となっていますね。

身長は184cm、体重161kgと日本人力士では大きな方かと思います。

 

相撲を始めたのは10歳頃だそうで、中学校は相撲部のある弘前市立第二中学校へ越境通学したそうですよ。

中学校時代は、同県北津軽郡板柳町出身の高見盛さんと青森市(旧南津軽郡浪岡町)出身の武州山さんが同学年にいてライバル関係だったようです。

 

中学を卒業し鳴戸部屋に入門し、1992年に初土俵入りとなりますね。

四股名は、師匠の四股名「隆の里」と大師匠にあたる「若乃花」に由来していて、隆の里さんからはそれだけ期待されていたようです。

1997年11月場所に新関取になって以降、引退するまで関取の座を手放していません。

 

2003年11月場所と2005年1月場所では関脇で連続2桁勝利を挙げ大関昇進のチャンスを掴みますが、2度共に負け越し大関昇進はなりませんでした。

大相撲に詳しくない方にはよくわからない番付制度ですが、成績などを考慮して大きく2つ小さく6つのクラスに分けられ、このクラス内で対戦をするのが基本となっています。

上位リーグは幕内と十両(十枚目)からなり、いわゆる関取と呼ばれるクラスの力士で構成されています。

その中でも最上位リーグに位置するのが幕内となっていて、上位から横綱・大関・関脇・小結・前頭の順位となっています。

番付は勝ち越せば上がり、負け越せば下がるというのを基本としていますが明確な決まりはないようで不公平感が問題視されることもありますね。

 

現役時代は負傷との戦いで、2005年以降何度も途中休場を繰り返しています。

怪我の多さは手術の回数が物語るように、入門前に既に左肩の手術を4回行っているそうです。

その後右膝を2回、左膝を1回、右足首を1回、右足の甲を1回手術しているため、手術回数は実に9回にもなります。

 

2015年3月場所で通算勝利数900勝を記録(史上6人目)しますが、7月場所で4勝11敗の大敗を喫して幕下への転落が決定的となると引退を決意しています。

しかし故郷青森で興行される夏巡業に参加するために引退表明を先延ばしし、9月場所の番付には名前が残りました。

2015年9月3日に現役引退を正式に発表し、年寄・12代西岩を襲名しています。

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嫁さんはどんな人?いつ結婚したの?

若の里さんの嫁さんは彩さんという方だそうです。

この彩夫人ですが、一般の方のようで詳しいことは全く公表されていません。

年齢もわからないのですが、年上女房だということはわかっています。

京都府の出身の方だそうですよ。

 

結婚は2004年のことでしたので、現在は11年ほど経つようですね。

現在のところお子さんの情報もありませんが、子供はいないようです。

引退するまでは子供を作る予定がない、なんて可能性もありますので今後はおめでたいニュースが聞けるかもですね。

 

一般的に力士は35歳頃に引退すると言われているようで、若の里さんは39歳まで現役を続けています。

怪我に泣かされた形にはなりましたが、それでも引退するまで関取の座を手放さなかったということは凄いことなんですね。

それだけ関取の座を維持するのは大変なことなんだそうです。

 

怪我や年齢による衰えに苦しんだ時に支えていたのは、嫁さんである彩夫人なんでしょう。

きっと彩夫人が支えていたから39歳まで現役を続けていけたのではないでしょうか?

まとめ

若の里さんの嫁さんは彩夫人です。

結婚は2004年のことで、彩夫人は一般の方ということもあり詳細な情報はないようです。

年齢もわかりませんが、姉さん女房ということはわかっています。

 

引退会見は2015年の9月3日のことですね。

笑顔でやりましょうと言って始めましたが、やはりその目には涙がありました。

今後は後輩たちを育てていくようです。

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