次男の扱い よしの徒然なるままに 「改訂版徒然日記」

次男の扱いで育った管理人よしが、次男目線で日々の出来事から気になることを書いていく日記です。

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羽生結弦が結婚願望を語る。平昌五輪後にプロ転向?

      2015/08/16

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小さいころから決めていた、って言っていますが凄いことですね。

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羽生結弦のプロフィール

羽生結弦選手といえば宮城県出身のフィギュアスケート選手ですね。

少し珍しいこの名前ですが、「弓の弦を結ぶように凛とした生き方をして欲しい」との願いを込めてお父さんが名付けたそうです。

 

スケートを始めたのは2歳ごろから発症した喘息を克服するためと言われています。

肺を大きく開いて呼吸出来ないため、体力や持久力の面で劣るといった指摘を受けていた時期もありましたが、治療の結果改善されつつあるようです。

スケート技術と得意技

トウループとサルコウと呼ばれる2種類で4回転ジャンプを跳ぶことが可能ですが、羽生選手の最大の強みはトリプルアクセルにあるようです。

トリプルアクセルは3回転半のジャンプですのでそれだけでは4回転に劣りますが、踏み切り直前にカウンターと呼ばれるターンを入れたり、スプレットイーグルと言われる両足のつま先を外側に向けた状態からのトリプルアクセルには2~3点の追加点(出来栄え点)が付くようです。

羽生選手はこれらを取り入れることプラス、基礎点が1.1倍になる演技後半にトリプルアクセルを跳ぶことにより4回転以上の得点を獲得しています。

スピンの完成度も非常に高く、ほとんどのスピンで最高評価の「レベル4」となっています

ちなみに演技前に行う胸の前で十字を切るような動作ですが、これは「士」の形を描いていてジャンプの回転軸と両肩を平行に保つ意識を確認しているそうです。

自己流のおまじないなんだそうですよ。

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これまでの主な戦績は?

小学6年生の時には天才スケート少年としてミヤギテレビにて放送され、年齢的に出場可能となるソチオリンピックで金メダルを目指すと発言。

仙台放送では荒川静香の前で本人の代名詞ともいえるレイバック・イナバウアーを披露する姿が放送されました。

2007~2010年までのシーズン

2007-2008シーズンではノービスの選手としては日本初となる全日本ジュニア選手権で3位表彰台を獲得します。

2008-2009シーズンにジュニアに上がり、全日本ジュニア選手権で初優勝します。

そして全日本選手権では出場選手中最年少ながら8位に入る活躍を見せ、世界ジュニア選手権でも大会最年少ながら12位となりました。

 

2009-2010シーズンは初戦のJGP トルン杯でJGP初優勝を記録。

次のクロアチア杯でも優勝し、JGPファイナルでは史上最年少(14歳)で総合優勝を果たしました。

世界ジュニア選手権ではフリースケーティングで大幅にパーソナルベストを更新し優勝。

日本人男子としては、高橋大輔選手、織田信成選手、小塚崇彦選手に次ぐ4人目の世界ジュニアチャンピオンとなりました。

2011年~のシーズン

2011年に開催された四大陸選手権では銀メダルを獲得し、男子選手としては最年少でのメダル獲得となりました。

このように「最年少」というキーワードが並ぶほどの優れた選手ですが、やはり1番のハイライトは2014年のソチ五輪でしょう。

フィギュアスケート男子シングルの種目において、日本人初(アジア人でも初)となる冬季オリンピックでの金メダルを獲得したのがこのオリンピックですね。

2014-2015シーズンはGPファイナルを2連覇し、全日本選手権3連覇、世界選手権銀メダルと素晴らしい活躍をしています。

 

そんな羽生選手ですが、2018年の平昌五輪を区切りにプロに転向するとの報道がありましたね。

これは小さいころから決めていたことなんだそうで、「自分がベストな状態の時にプロスケーターでありたい。落ちてきて、できなくなって引退してプロになるのではなく、プロの仕事を全うできるような体力の状態でやりたい」とのことなんだそうです。

結婚に関して 願望など

結婚願望についても語っていたことがありましたね。

確か織田選手や宇野選手との対談だったかと思いますが、25,6くらいで結婚したいとの話がありましたね。

今が20歳だったと思いますので次の平昌の時に23歳くらい、そこでプロに転向して2,3年と良い時期かもしれませんね。

わりと具体的な話ですのでもしかしたら将来を考えているようなお相手がいるのかもしれませんね。

 

金メダルの知らせと、幸せな結婚報告を聞けるのを楽しみにしています。

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