生瀬勝久の嫁の堀本陽子は超美人!兄はサラリーマン、母は議員?

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名わき役ですよね!

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生瀬勝久ってどんな人?

生瀬勝久さんは兵庫県出身の俳優です。

1960年10月13日生まれの、現在54歳ですね。

学生時代は槍魔栗三助(やりまくりさんすけ)の名で「喜劇研究会」「第三劇場」、そして京大系の劇団「そとばこまち」で活動していました。

1988年から放送された深夜のコント番組「週刊テレビ広辞苑」にてレギュラー出演し、コメディアンとしての才能を発揮し大人気だったそうですね。

他にも「ムイミダス」、「未確認飛行ぶっとい」などの深夜番組に出演していました。

1988年のNHK連続テレビ小説、「純ちゃんの応援歌」への出演を機に現在の名前へと変更していますね。

やはりこの名前ではNHKにはふさわしくないとされたようで、芸名を本名と同じ「生瀬勝久」に変更しています。

しかし、このNHKの連続テレビ小説の頃は芸名を併用しており、完全に本名に切り替えたのは1990年とされています。

そのキャラクターから名わき役としての出演が多く、2010年4月期の連続ドラマ「警部補 矢部謙三」にて初となるテレビドラマ主演を務めています。

なぜか仲間由紀恵さんとの共演が多い印象があります。

嫁は堀本陽子?

生瀬勝久さんは1997年にモデルの堀本陽子さんと結婚されていますね。

堀本陽子さんは1972年生まれとのことですので、生瀬勝久さんとの年の差は12個ということになりますね。

生瀬勝久さんの舞台を見に来ていた堀本陽子さんがファンレターを出したことがきっかけなんだそうですね。

そのファンレターに電話番号が書いてあり、そこから交際に発展したようです。

この時なんと生瀬勝久さんは28歳で、堀本陽子さんは16歳だったようです。

年齢から計算するに、この出会いは1988年頃だと思われますのでここから10年程紆余曲折ありながら結婚となったのでしょうね。

実際に交際が始まったのは堀本陽子さんが20歳になってからとの情報もありますね。

1997年にハワイで挙式を行ったようです。

嫁である堀本陽子さんは、美STという女性誌に出演されていてヨガのインストラクターの資格も持っているんだそうです。

モデルさんということもあり、非常にスタイルが良い美人な方ですね。

もう40歳を超えているにも関わらず、まだ30代前半と言っても通じるような見た目ですよね。

この2人の間には男の子が1人いるようですが、年齢などの詳細は公表されていませんね。

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兄はサラリーマン?母は議員?

生瀬勝久さんには兄がいるようですね。

あまりこういった情報を開示していないイメージがありますが、「サラリーマンNEO」の会見の際に兄がいることを話していましたね。

サラリーマンを演じて7年、実の兄はサラリーマンなのだという話でした。

実は弟が俳優の生瀬勝久ということで、兄はかなり儲かっているなんて話で笑いを取っていましたね。

他にも、桃山学院大学の生瀬克巳教授が兄ではないかなんて噂もあったようです。

確かに「生瀬」という少し珍しい苗字が同じですし、なんとなく顔も似ていたようですよ。

しかし、こちらは単に噂だったようです。

母親は日本社会党の元西宮市議会議員であった、生瀬悦子さんですね。

お母さんが議員という家庭もあまりないですよね。

まとめ

生瀬勝久さんの奥様はモデルの堀本陽子さんですね。

舞台を見に来ていた堀本陽子さんからのファンレターがきっかけとなり、交際に発展したようです。

1997年に結婚し、お子さんは1人いるようです。

生瀬勝久さんの兄はサラリーマンをやっているようで、「サラリーマンNEO」の会見で話をしていました。

また、母親は日本社会党の元西宮市議会議員である生瀬悦子さんです。

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