次男の扱い よしの徒然なるままに 「改訂版徒然日記」

次男の扱いで育った管理人よしが、次男目線で日々の出来事から気になることを書いていく日記です。

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中山雅史の髪が増えた!ハゲは治る?生田智子と別居?現役復帰へ!

   

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また観たいような観たくないような…複雑な気分です。

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中山雅史ってどんな人?

中山雅史さんは静岡県出身の元サッカー選手です。

1967年9月23日生まれの、現在47歳です。

もうすぐ誕生日で48歳になりますね!

 

あまり詳しくない方には「ゴン中山」といった方が通じると思います。

他にも「中山隊長」なんて呼び名もありますね。

 

高校は静岡県立藤枝東高等学校で、当時からエースストライカーでした。

1984年、高校2年生の時に第63回全国高校サッカー選手権大会に出場しています。

準決勝で長崎県立島原商業高等学校と対戦し、PK負けによりベスト4となります。

しかし4試合で1失点もせず、中山雅史さんも2得点の活躍をしていますね。

 

大学は筑波大学体育専門学群に進学しています。

ここでは当初ディフェンダーをやっていたそうですよ!

しかし、先輩である長谷川健太さんらの助言もあり本来のセンターフォワードでのプレーをするようになります。

長谷川健太さんは清水エスパルスで選手・監督として活躍していますね。

現在はガンバ大阪の監督をしている方です。

 

1990年にヤマハ発動機(後のジュビロ磐田)に入社し、サッカー部に在籍します。

当時はまだ実業団だったためにサラリーマン生活も経験したそうですね。

1991年にはJリーグが発足しますが、ヤマハ発動機はJリーグ開幕10チームから落選することが決定します。

この時Jリーグ参戦が決まった新規クラブの清水エスパルスからオファーを受けましたが、固辞しヤマハに残留したと言われています。

 

1992年にはアジアカップに日本代表として招集されスーパーサブとして優勝に貢献し、この活躍により代表に定着しています。

Jリーグではなくジャパンフットボールリーグのチームに在籍しているにもかかわらず、1994年アメリカワールドカップ予選の日本代表にも選ばれています。

最終予選では、途中からスタメンに定着して獅子奮迅の活躍を見せていますね。

 

アジア最終予選最終戦のイラク戦でロスタイムに同点ゴールを決められ引き分け、これによってワールドカップの切符を逃したドーハの悲劇では、交代してベンチに座っていた中山雅史さんが地面に頽れるシーンがありました。

現在でもラモスさんの映像などと共に、ワールドカップでの日本を振り返る際に必ず流れるシーンと言えますね。

この1993年にはヤマハ発動機がジャパンフットボールリーグ1部で2位となり、1年遅れでのJリーグ昇格を果たしています。

 

悲願のJリーグ昇格も中山雅史さんは怪我により4月の段階でチームを離脱してしまいます。

「グローインペインシンドローム」と総称される、サッカー選手に頻発する股関節障害が原因と言われていますね。

ドイツに渡り手術をおこなったため、結局この1994年のシーズンを棒にふった形になってしまいます。

 

この頃のJリーグは凄く豪華なメンバーでしたね。

ジュビロ磐田だけ見ても、元イタリア代表のサルヴァトーレ・スキラッチさんがいたり、ブラジル代表で現在ブラジル代表監督のドゥンガさんがいたりしました。

 

1998年のフランスワールドカップではグループステージ3試合全てに出場しています。

ジャマイカ戦では日本代表のワールドカップ初ゴール・日本人初ゴールを決めるという活躍をしています。

また、この試合では得点後に相手選手との接触により足を骨折するも、試合の最後まで走り切った話は有名ですね。

 

いやぁゴンさんの話を書いていると色々と書きたいことがあって、凄く長くなってしまいますね。

ここからは簡単に経歴だけ追ってみます。

 

1998年にはセレッソ大阪戦で5得点を上げ、「1試合で1人が取った得点」のタイ記録となりました。

他にも4試合連続のハットトリック(1試合3得点)を達成し、これはなんとギネスに認定されています。

2000年にもギネスに認定されていまして、これはアジアカップ予選のブルネイ戦で試合開始3分15秒でハットトリックを記録していますね。

これが国際大会における最短時間でのハットトリックとしてギネスに認定されています。

 

2001年には井原正巳さんに代わりJリーグ選手協会会長に就任しています。

2002年には日韓ワールドカップ日本代表に選出され、背番号10を付けています。

2005年にはJリーグ史上初の個人150ゴールを達成し、Jリーグ15人目(フォワードとしては史上初)の300試合出場を達成しています。

2007年には選手協会の会長職を藤田俊哉さんに譲り、名誉会長に就任しています。

 

2009年には出場機会が激減してしまいます。

高齢になったこともあり、ジュビロ磐田からは戦力外通告を受けますがスタッフとして残留するよう要請されています。

しかし、現役にこだわった中山雅史さんはこれを断り移籍先を探しています。

結果、獲得オファーの中で医療設備が最も整っていたコンサドーレ札幌へ移籍しています。

 

2012年からはコンサドーレ札幌がJ1に昇格し、45歳2ヵ月1日でのJ1出場にて自身が持つ最年長J1出場記録を伸ばしています。

そしてこのシーズン限りで現役を退くことを発表しています。

しかし、引退会見ではあったものの「引退」という言葉は使わず「第一線を退く」という言葉を使いましたね。

引退試合の開催についても否定し、コンディションが戻るなら復帰するとも取れる発言をしていました。

 

とは言え誰もが「現役に未練はあるものの、これから復帰は出来ないだろう」と考えていたと思いますが、最近どうやら慌ただしくなってきましたね。

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髪の毛が減ったり増えたり?

一時期もの凄く髪の毛が薄く、少なくなったことがありましたね。

やはりストレスによるものだったようで、怪我に苦しみ現役続行か引退かで揺れていたようです。

 

アデランスのCMに出演もしていましたが、ご自身の髪の毛が増えたのはアデランスではないそうです。

「毎日のマッサージと、色んなものを食し、色んなものをぶっかけたから」髪の毛が増えたんだそうです。

何を使ったのかは明言していませんが、食事療法と頭皮マッサージ、育毛剤がメインのようですね。

生田智子と別居?

中山雅史さんの奥様は生田智子さんですね。

生田智子さんとは中山雅史さんがまだ無名とも言える頃に、サッカー界・芸能界共通の知人を介して知り合ったそうです。

ドーハの悲劇で世間に広く顔が知られるようになった2人は、外で会うことが困難になり生田智子さんが実家に中山雅史さんを招いたことで家族公認の本格的な交際になったと言われています。

 

遠距離恋愛を乗り越え、1996年に結婚しています。

2004年には第一子となる女の子が生まれていますね。

 

この夫婦は別居生活が長いんですね。

2007年頃からと言われ、芸能活動を再開させるために生田智子さんが実家に帰ったようですね。

当時はジュビロ磐田の選手でしたので、必然的に別居となったようです。

 

また、子供を都内の塾に通わせ都内の学校に入学させたこともあり別居生活は長引いています。

都内の有名私立に入学したことと、学校近くの高級マンションに生田智子さんと娘さんが引っ越したことにより教育費などが増えてしまいます。

しかしこの時期の中山雅史さんは怪我もあり、思うように活躍出来ていない時期でした。

 

コンサドーレ札幌への移籍で年棒は大きく下がり、怪我で出場も少ないため今後の年棒も上がる要素がない状態でしたね。

このことから奥様である生田智子さんと離婚するのではなんて噂も流れていました。

引退し奥様と二人でトーク番組などに出演し露出をふやし、奥様が女優に復帰するといったことを生田智子さんが考えていたようですね。

 

結果、中山雅史さんは引退を決意しCMやテレビ番組に多く出演しています。

現役復帰?

2015年9月5日、つまり今日ですがJFL所属のアスルクラロ沼津へ練習参加しているようですね。

クラブ側は状態を見て今後の選手登録を検討しているそうですので、現役復帰ということはあり得るかもしれません!

現在は無所属となるため、今月19日までは今季のリーグ戦の選手登録は可能なんだそうですよ。

 

実質4部となるJFLで通用するのか?怪我の状態はどのくらいなのか?色々な心配はありますが、是非現役に復帰してほしいですね。

戦力としては残念ながら大きな期待は出来ないと思いますが、若い選手達は中山雅史さんを観ることで彼の経験を吸収していくでしょう。

また、中山雅史さんはムードメーカーとしても期待出来ますし、ワールドカップを経験した選手として多くの経験を伝えていってほしいですね。

まとめ

ストレスにより薄毛になり、ネット上では「ゴンがハゲてきてる」などと言われていましたが見事にフサフサに戻りました。

アデランスではなく努力の賜物だと本人は言っていますね。

 

奥様の生田智子さんとは別居生活が長く一時期は離婚の噂もありましたが、別居の理由は磐田でプレーする中山雅史さんと、東京で活動する生田智子さんというものです。

その後は札幌に移籍しましたので、ここでも別居生活となっています。

 

現役復帰はどうなるかわかりませんが、JFL所属のアスルクラロ沼津の練習に参加しています。

今月19日までは今季のリーグ戦への登録が可能ですので、今後の情報に期待です。

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