次男の扱い よしの徒然なるままに 「改訂版徒然日記」

次男の扱いで育った管理人よしが、次男目線で日々の出来事から気になることを書いていく日記です。

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栗城史多は結婚してる?彼女は?指切断もエベレストへ再挑戦!

   

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次こそ成功すると良いですね。

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栗城史多ってどんな人?

栗城史多さんは北海道出身の企業家・登山家です。

1982年6月9日生まれの、現在33歳です。

読みは「くりきのぶかず」さんですね。

北海道檜山北高等学校、札幌国際大学人文社会学部社会学科卒業し、現在は株式会社たお代表取締役となっています。

2011年からは、よしもとクリエイティブ・エージェンシーと業務提携しています。

 

「冒険の共有」をテーマに全国で講演活動を行いながら、年に1、2回ヒマラヤ地域で高所登山を行っています。

エベレストでは単独無酸素登頂と頂上からのインターネット生中継を目指しているそうです。

しかし、2009年9月にチベット側、2010年9月にネパール側から挑みますが8,000mに達することが出来ず敗退しています。

なお、この2010年の挑戦では栗城隊のシェルパが1人死亡しています。

 

2011年8〜10月にも、前年2010年と同じくネパール側から3度目の挑戦をしていますが、サウスコル7900mに達せず敗退。

なお、この2011年の挑戦では同行スタッフであるフリーカメラマンの木野広明さんが死亡しています。

2012年10月に西稜ルートから4度目の挑戦も強風により敗退しています。

「元ニート」 「元引きこもり」 を自称していますが実際にはどちらでもなく、キャラクター作りのための設定であるとのことです。

凍傷で指を切断したって聞いたけど?

栗城史多さんの4度目のエベレスト挑戦となる2012年のことです。

C2(6400m)地点で人差し指が凍傷に罹患していたにも拘らず登山を続行し、当初予定していた地点より500m低い7500m地点のC4から最終アタックに出たものの強風のため撤退しています。

その際、凍傷が悪化しC4からの下山が不可能になったため救助を要請し、シェルパによりC2まで下ろされた後にヘリコプターでカトマンズの病院に搬送されています。

 

一説によりますと、スマートフォンだかタブレットだかを使用したいがために指出しのグローブをしていたとも言われていますね。

結果、2013年11月から2014年1月にかけて凍傷のため両手指9本を切断しています。

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批判も大きいよね?

やはり栗城史多さんの言う「単独無酸素」というものが原因かと思われます。

栗城史多さんは、登山活動において「日本人初となる世界七大陸最高峰の単独無酸素登頂に挑戦している」との文言をマスコミ向けに使用していますが、そもそも酸素ボンベを使用する必要があるとされるのは標高8000メートルを越えるエベレストのみであり、他の山では必要とされていません。

登山家としては常識ではあるものの一般人には浸透していないため、さも酸素を使わず登ることが凄いことのように宣伝していることに批判があるようです。

また、唯一酸素を必要とするエベレストには4度挑戦していますがまだ成功していないことも理由の一つかと思います。

 

ちなみに、日本人の無酸素でのエベレスト登頂は1983年の川村晴一さんらによって達成されて以降、2010年までに7名が成功しているそうですよ。

世界的には、無酸素登頂が価値あるものとして記録された1978年から1995年までに、下山中の死亡者を含み延べ70名の登山者によって達成されているそうです。

 

登山における「単独登頂」については明確な定義が無いそうで、登山者間の相互評価に任されている現状にあるそうです。

1995年5月13日にエベレスト無酸素・単独登頂に成功したイギリス人女性のアリソン・ハーグリーブスさんという方がいるそうですが、この方は固定ロープを使用しないことは勿論、他の隊から勧められた紅茶すら断っているそうです。

対し栗城史多さんはエベレスト以前に成功した他の六大陸最高峰登頂の段階から他者の設置した固定ロープを使用しているほか、栗城隊と呼ぶ大規模なサポート隊を編成しシェルパが固定ロープ設置などのルート工作やキャンプ設営を行い、無線により気象情報や行動計画などのサポートを受けて登っているというものです。

 

登山の専門誌「山と渓谷」では、2012年3月号で栗城史多さんの「単独無酸素」を「その言葉に値しない」と否定しているという事実もありますね。

彼女はいるの?結婚は?

登山を始めたのが高校生の時の彼女の影響なんだそうですね。

彼女の好きな人の条件が、車を持っていること、大学を出ていること、公務員であることだったそうです。

理想の男性になろうと、車を買い大学に通い、あとは公務員になるだけだと思っていた矢先に振られてしまったそうです。

 

振られてしまった栗城史多さんは、彼女に未練タラタラだったようで登山部だった彼女と同じ景色を見てみたいとの理由から大学で登山を始めたそうです。

今でも山に登り続ける理由は、この彼女のことが忘れられないからとのことです。

 

ということで現在結婚はしていませんし彼女もいないようですよ。

まとめ

栗城史多さんは現在結婚されておらず、彼女もいないようです。

学生時代の彼女が忘れられず、今でも山を登り続けているそうです。

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